自己紹介

名前 佐藤瑞夫 63歳既婚
出身 静岡県 現在は東京
性格 七転八起
職歴 アパレルメーカー営業職、縫製工場
目標 肩甲骨を柔らかくしてバタフライ50M泳ぐ
音楽 郷ひろみ、サザンオールスターズ
映画 二百三高地、永遠のゼロ
ドラマ 真田丸、西郷どん

0歳 出生

裕福な家庭で生まれたが、母親が忙しくずっと寝て育てられたので、頭が絶壁頭に変形(恥)

6歳 小学生時代

父親がパチンコ、競艇、ヤクザ賭博場通いで、ほぼ母子家庭(悲)

13歳 中学時代

父親が経営していた店が潰れ、6畳3畳風呂無し借家のどん底暮らしの青春(苦)

18歳 高校時代から大学時代

飛び出すように上京、洗面道具とおもちゃ金庫だけバックに詰めて(望)

22歳 就職

東京四谷のアパレルメーカーが初めての就職でした。

「花の東京でセールスマンなんてカッコイイ」って満足満足。

年商約30億円の会社でしたので営業部員だけでも多かったです。

毎日、毎日、夕方になると、「さぁー佐藤!!今日も飲み行くぞ」

上司からの連日連夜のお誘い。。。

でもなぜか居酒屋では、業績不振の愚痴ばかりを聞かされてました。

「それなら、すぐに辞めればいいのにー!!」

社会人一年生の私は、心の中で思ってましたが、、

でも「石の上にも3年、3年は頑張ろう」と辛抱し、

入社3年後に、会社の内情が判って退職しました。

その後、会社は倒産しました。

まだ皆さんに参考になる人生のヒントは出てきませんー。すみません。

この後を期待して下さいね。

25歳 転職

退職を決意した頃から、求人広告をチェックしていました。

時代は 、バブル景気に入る1980年(昭和55年)、

「あ!!この会社は、ファッション雑誌に載っているので、儲かってる会社では?」

すぐに電話し、運よく面接していただけました。

「求人広告で応募しました、佐藤瑞夫と申します。入社させて下さい。」
「佐藤君は、専門店へのセールス経験あるの?」
「百貨店のみです。」
「うーん!?! 百貨店のみでは佐藤君を雇えないなぁー」
「でも、がんばります。断られてもまた明日来ます。」
「なかなか粘り強いタイプだなぁ、佐藤君は。(笑)」

儲かっているアパレルメーカーの卸し先は、駅前の百貨店中心から郊外の専門店中心の会社に変化つつあった時代。

入社して2週間後に、いきなりボーナスの支給がありました。

入社わずか2週間の私に400,000円。

「え、いいのー、こんなにもらって!」思わず絶句。

先輩責任者には3,000,000円。

先輩は、受け取った現金封筒入りボーナスが厚すぎて、ポケットに入らず、床に落としていました、そんな時代です。

まだ、人生の参考にならないですって??

すみません、読み続けて下さいねー。

33歳 再転職

絶好調の先輩が新会社で独立することになり、

「佐藤君、一緒にやろう、営業部長として」

もちろん二つ返事で参加しました。

これがいけなかった、3年後に会社閉鎖。

バブルは急速に終焉に向かっていました。

36歳 人生の転機

結婚した妻は決して私を責めませんでした。

得意のミシン掛けで夜も寝ないで、私を助けてくれました。

失業した私は、下着の試着販売のシャルレ、ダスキン交換アルバイトの毎日。

その後、本格的に本業として女房の仕事を手伝うようになりました。

妻の母親も家事を手伝ってくれ、おかげで63,000,000円の借金も10年で返済できました。

現在 還暦を過ぎて

最近めっきり、国内縫製工場の仕事も減ってきました。

製造業全てに言えることですが、ただ性能が良い商品を作るだけでは、売れる時代ではなくなりましたね。

販売先の選択や売り方が大切な時代です、何といってもインターネット。

時代の流れです。

そんなとき出会ったのがGoogleアドセンス。

収入の減った分を何とか補えないかと始めました。

本業であっても、副業あっても、お金を稼ぐのは簡単ではありません。

Googleアドセンスで妻に恩返ししたい。

まとめ

ここまで読んでいただけてありがとうございます。

「シニアの皆さん、これからの目標はなんですか?」

私は、「中学校レベル英会話で10分以上会話を継続出来る事」に夢中です。

そんな余裕が持てるシニアになりませんか!! Googleアドセンスで。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

シニア総合窓口はこちらです、ご質問等はこちらからお気軽にご連絡下さい。

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